「花は散るからこそ美しい」。
日本の能楽者・世阿弥は言った。咲いた瞬間の喜びも、咲き誇る姿を愛でるのも、いつか散りゆくからこそであり、人はそこに人生を重ねることもある。
いつの時代も花は、春夏秋冬の季節ごとに、色とりどりに咲いては人々の心を潤した。さらには古来、花を見て美しいと感じる心は、さまざまな芸術で表現されてきた。それはときに歌であり、舞踊であり、絵画であり、小説であり…。しかし数ある芸術の中でも、いけばな以上にシンプルかつ直接的に、花の美しさを捉えたものはないだろう。
(Photo: PIXTA)
いけばなという「技」をまとった花は、「自然美」から「表現美」へと生まれ変わる。日本伝統の芸術の世界は奥深い。知れば知る程その美しさは深みを増し、わたしたちを引きつけてやまない。
歴史
仏様に花を飾るという行為は、太古の昔から行われてきていました。それが6世紀の仏教の伝来とともに、死者に花を供える「供花(Kuge)」という風習として、より広まっていったとされています。これがいけばなの源流とされ、人々の生活の中で花を飾るという行為が一般化していくこととなりました。
書院造 (横浜市三渓園)
「いけばな」が成立するのは、15世紀、室町時代のこと。大きな要因となったのが、書院造という建築様式の完成です。それまでの寝殿を中心とした日常的な住まいの空間から、接客や儀式などの接客を意識した、格式高い空間へと変化し、客人をもてなすための「床の間」が設けられるようになりました。これは平和な時代から戦乱の世へと移り変わり、武士が時代を生き抜くために、交渉事あるいは密談などの重要性が増したということが表れています。
床の間 (愛知県丈山苑)
この床の間の飾り付けとして、この頃「唐物」と呼ばれる中国からもたらされた器に花が生けられ始めました。その中で、京都のお寺・六角堂の僧侶である池坊専慶の花が評判になり、後のいけばなの起源となったとされています。専慶の生けた花を見に、多くの人々が詰めかけたという記録も残っています。初期のいけばなは花を花瓶にさしただけのシンプルな形式でしたが、その後11代目池坊専応が新たな理論と思想を唱え、現代に伝わるいけばなの礎を築きました。現在、日本のいけばな三大流派のひとつである「池坊」は日本で最も古い流派となり、専応が残した『池坊専応口伝』は今も門弟に受け継がれています。
(Photo: PIXTA)
そして江戸時代以降、さまざまな流派が産声をあげ、一般庶民もいけばなを楽しむようになりました。当時、いけばなに関する書物も多数発行されており、いけばなが流行した様子がうかがえます。明治時代に入ると、女学校の教育の一環としていけばなが取り入れられるようになり、女性のたしなみのひとつとしての役割も担いました。
(Photo: PIXTA)
そして現代、日本が誇る伝統文化のひとつとして、日本国内だけにとどまらず、海外にもその魅力を発信し続けています。時代をとらえ、伝統と現代とが融合した、新たな表現も日々うまれています。進化を続けるいけばなの世界から、この先もずっと目を離すことはできないでしょう。
いけばなが表現するもの
いけばなは、花や草木の生命の美しさ、尊さを表現する芸術です。見る側は、小さな空間の中に創られた森羅万象を鑑賞するのです。同じ花の芸術といえば、西洋のフラワーアレンジメントがあります。
日本のいけばな (Photo: PIXTA)
いけばなとフラワーアレンジメントについて説明するときによく言われるのが、「いけばなは引き算の美学」「フワラーアレンジメントは足し算の美学」という言葉です。たくさんの花を空間に“足し”てゆき、華やかでボリュームのある作品を創り出すフラワーアレンジメント。一方いけばなは、必ずしもたくさんの花を使うわけではなく、一輪であっても作品が成立します。色鮮やかな花だけではなく、枯れた枝や葉さえも作品の一部とし、何もない余白の空間も含めて世界観を創り出してゆきます。
西洋のフラワーアレンジメント (Photo: PIXTA)
生け方の種類
いけばなの生け方にはさまざまな種類があり、流派によって作法や形式も異なりますが、代表的なものを紹介します。(イラストはイメージです)
【たて花】
池坊専慶が名手とされた、最も最古のいけばなの生け方。中心に「真」と呼ばれる枝をまっすぐ立て、その足もとに「下草」と呼ばれる草花を添える。
(Illustration: Lang Vi)
【立花】
たて花が発展し、2代目池坊専好が完成させた。7つまたは9つの多彩な要素によって、大自然の雄大な景観を表現する。
(Illustration: Lang Vi)
【抛入花】
草花をまっすぐ「立て」て生ける立花に対し、「投げ入れる」ように草花を傾けて生ける。江戸時代、複雑な決め事がある立花よりも庶民に親しまれた。
(Illustration: Lang Vi)
【生花】
江戸時代後期、抛入花が格式高く発展したもので、3つまたは5つの要素で構成される。すべての枝が足元で一本に重なるようにすることが基本。
(Illustration: Lang Vi)
【盛花・投入花】
明治時代、西洋文化の流入に伴い考案された。生ける花も、飾る場所も選ばない。盛花は低い器に、投入花は高い器に、比較的自由に生ける。江戸時代の抛入花とは別物。
(Illustration: Lang Vi)
【自由花】
決まりごとはなく、その名の通り自由に生ける方法。花を飾る空間の多様化や、さまざまな西洋の花の普及などで、表現の幅は無限に広がっている。
(Illustration: Lang Vi)
SENDA MAYU/ kilala.vn