あなたは、ベトナムの料理を食べて、「ベトナム人に生まれてよかったなぁ」と思う瞬間はあるだろうか?日本人の多くは、白いお米を食べたとき、「日本人でよかったなぁ」と感じる。おかずなしで米を食べることもあるほど、その味わいを愛していて、白いごはんが一番のごちそうだ、と言うことすらある。米は、さまざまな料理を生み、慣習や伝統を生み、今の日本を形成してきた。そんな日本の米文化を知ればきっと、日本料理や日本の米がますます味わい深く、おいしく感じられるだろう。
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日本の歴史を支えた、米文化
米作りの文化は、3000年前にはすでに日本に伝わっていたと言われている。最初はアジアから日本の南部・九州に入ってきた。そして、日本の土地と気候によく適していたこと、安定的に収穫できること、長期保存が可能なことから、徐々に日本列島全体に広がっていった。
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春に田植えをし、夏に稲の世話をし、秋に収穫をする。四季がある日本で、このコメ作りのサイクルが、人々の生活に定着した。豊作への祈願や感謝によるさまざまな祭りが生まれ、米への感謝の気持ちから、正月に餅を食べる風習ができた。稲作を中心に「社会」の基礎ができ、栄養が豊富な米のおかげで人口が増えた。さらにお米はかつて領主や幕府に納める年貢(Nengu)(税)としての役割も持っており、経済の中心でもあったのだ。
ごはんが主役の「和食」文化
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ごはんを主食とし、汁物を一つ、おかずを二つか三つとする「一汁二菜」(もしくは「一汁三菜」)のスタイルが、日本の食事の基本の形。おかずのひとつを肉や魚にし、残りのおかずは野菜中心の料理に。汁物には野菜や海藻などの具材を入れて足りない食材を補うと、自然と健康的な献立となる。しかも、昔ながらの日本料理は、焼き魚や煮物など、油脂が少ないメニューが多い。この食事スタイルは、理想の栄養バランスだといわれている。
現代の日本ではパンや麺の料理も増え、米の消費量が減ってきていることが懸念されている。しかし「和食」は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録され、今またその価値が見直されてきている。
日本の米の品種
日本の米は「ジャポニカ種」。ベトナムで作られている、世界の米生産量の8割を占める「インディカ種」よりも粒に丸みがあり、もっちりと粘り気が強い。米の質は、アミロース(amylose)というでんぷんの含有率で左右される。パラパラとした食感のインディカ米が22-28%であるのに対し、ジャポニカ米は15-18%ほど。これが食感と味の違いを生んでいる。ちなみに、アミロースが0%だと、もち米になる。
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日本で最もおいしい米言われているのが、新潟県魚沼産の、コシヒカリという品種。冬は豪雪となる魚沼の美しい雪解け水と、昼と夜の大きな寒暖差が、日本の最高級の米を育んでいる。日本の米の品種は300種類以上あり、全国各地で地域の特性を生かした米が作られている。有名なものは「コシヒカリ」、「あきたこまち」「ひとめぼれ」など。
日本人料理長が語る「お米とは?」
「日本人にとって、お米は空気のようなもの」と語るのは、ホーチミンの日本食レストラン「花蝶」の料理長・加藤氏。日本人にとっては、なくてはならないものであると同時に、あって当たり前のものだということだ。日本の米はジャポニカ種という品種で、ベトナムで多く食べられているインディカ種とは違う品種。もっちりと粘りがあり、甘みがあるのが特長の日本のお米を、「ベトナムの人にぜひ食べてほしい。このおいしさを知ってほしい」と加藤氏は言う。ベトナムでもジャポニカ種が栽培されているが、気候や水質の違いから、やはり味わいが異なる。実家が農業を営み、小さい頃から米作りの手伝いをしてきた加藤氏は、米への愛情も人一倍だ。まだコストの関係で実現できないが、いつか「花蝶」で使うお米を日本産にするべく、働きかけていくという。そんな加藤氏の好きな「ごはんの友」は…。「漬物と味噌汁があれば十分。シンプルなおかずでこそ、お米のおいしさが引き立ちますから」。日本人にとっては、お米そのものがごちそうなのだ。
米が育つ場所は田んぼ
残したいSatoyamaの風景
今、「里山」という日本語が世界共通語になりつつある。里山とは、人が暮らす集落と、それを取り巻く自然すべてのこと。人が生活しやすいよう、人々が整備の手を入れながら育んできたその場所には、生き物たちの豊かな生態系が息づいていた。しかし、昔は当たり前だった人と自然とが共存する風景は、いつしか過度な伐採や急激な人口の変化によって、失われつつあった。生き物たちの生態系と美しい自然の風景を取り戻し、後世に残していこうとする里山保全活動は、今、日本のみならず世界中で取り組まれている。
田んぼももちろん里山の一部だ。春から夏にかけて、田んぼにたたえられる美しい水が、多くの生き物たちを育む。昆虫や魚、貝やカエル、そしてそれらを餌とする鳥たちなど。例えば水が汚染されていたり、大量の農薬が使われている田んぼでは、生き物は生きることができない。餌のない場所に鳥たちもやってこない。わたしたちにとって「安心、安全、おいしい」米を作るということは、生き物たちと共存するということであり、大切な里山の風景を守るということなのだ。ベトナムのイエンバイ(Yen Bai)やサパ(Sa Pa)など北部の方には、昔ながらの暮らしを営む少数民族が暮らしており、美しい棚田が広がっている。日本にも各地に棚田があるのだが、労働力不足や生産性の厳しさから、荒廃してゆく棚田が後を絶たない。しかし、里山の象徴ともいえる棚田の美しい風景を失わないために、現在はさまざまな保全活動が行われている。
(Photo: Sean Pavone)
春の田植え、夏のあぜ道、秋の黄金色の稲穂…。田んぼの風景は、人々に四季を実感させてくれる。文化も違い、言葉も違うベトナムと日本だが、未来に残すために守ってゆくべき風景は同じだ。
SENDA MAYU/ kilala.vn